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2016.08.05

旧嵯峨御所 大覚寺門跡

レジャー概要

旧嵯峨御所 大覚寺門跡
京都市右京区
大人500円、小中高300円
9:00~17:00 (閉門 16:30)
ご利益 縁結び、交通安全
MAP:京都市右京区嵯峨大沢町4

旧嵯峨御所 大覚寺門跡

 今回やってきたのは、大覚寺。京都嵯峨野から清滝道を上がり、東にそれたところにあるお寺です。

 平安時代初期の嵯峨天皇が皇后との新居として離宮を設立、嵯峨天皇崩御後の876年、淳和天皇皇后が離宮を寺に改めたのが現在の大覚寺です。

 なんでも日本三大名月鑑賞地というのに選ばれているそうで、お月見イベント「観月の夕べ」で知られています。

 明智陣屋とよばれる建物が大覚寺入場口です。靴をぬいで受付で500円を支払います。

 入ってまず入ってきたのは駕籠(かご)です。天皇家の移動手段でしょうか。

 さぁぐるっと回っていきましょう。床は鴬張りでキュッキュッと木が鳴る音がします。

 宸殿。江戸時代に後水尾天皇から下賜された寝殿造りの建物です。天皇家に入内(じゅだい:嫁入り)した徳川二代将軍秀忠の娘、東福門院和子が使用していたもの。中の障壁画は狩野山楽筆・牡丹図で、狩野派障壁画の代表作です。金箔を一面に貼った神々しい襖です

 襖の反対側の部屋。こちらの絵もすばらしいですね。

 村雨の廊下。縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光に例えたとか。また、刀などを振り上げることができないように天井は低く作られています。

 庭園。

 勅使門ですね。この門は特別な門で、天皇の行幸か、天皇の使いが来たときのみ開門される門です。

 またおなごりの門とも呼ばれ、江戸時代後期、有栖川宮慈性入道親王が勤皇討幕の疑いをかけられ、江戸にある宗派の違う天台宗輪王寺の住職を兼務するよう命が下りました。入道親王は大覚寺をこよなく愛していたという事で、江戸に出発の時、勅使門より出られましたが何度も何度も振り返られ、大覚寺に未練を残されたことからおなごりの門と呼ばれるようになりました。

 中央の台は石舞台と呼ばれるもの。

 後水尾天皇像。

 五大堂からみた大沢池。日本最古の人工池です。あとで下におりてゆっくり一周します。

 勅封心経殿。大正14年に再建されたもの。殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳、後花園、後奈良、正親町、光格天皇の勅封心経を奉安し、薬師如来像が奉伺されている。60年に一度だけ開封されるのだそうです。

 また雅やかなフスマ?ですこと。

 正寝殿から中庭?

 村雨の廊下。この廊下は時代劇とかにも出てきそうで素敵な廊下ですね。

 廊下から見る庭園。

 朱塗りの霊明殿。朱色一色。第三十一代内閣総理大臣 斎藤実が昭和5年、東京都沼袋に自費で日仏寺を建立しました。その本堂を、昭和33年大覚寺に移築し、霊明殿としたそうです。

 阿弥陀如来を祀っています。

 正寝殿の内部。桃山時代様式の書院造で、内部は12の部屋で別れているそうです。

 奥の部屋は後宇多法皇が院政を執った部屋で「御冠の間」と呼ばれています。

 さて大覚寺内はこれで全部なので、大沢池を一周してみます。入場料は200円なのですが、大覚寺入場料を払っているのでここの200円は必要ないと案内されました。

 一周は20~25分ほどで結構広いです。

 なにかの舞台があります。

 池と心経宝塔。ちょうど木々の隙間から塔が見えるようになってるんですね。素晴らしい景色です。

 橋がかかっていて天神島があります。学問の神様である藤原道長が祀られており、一節ではこの大覚寺の初代住職(初代門跡)恒寂入道親王・淳和太后母子の墓所であると言われています。

 心経宝塔。綺麗な朱色です。

 その横にある嵯峨の竹林。

 名古曽の滝跡。「今昔物語」では百済河成が作庭したものと伝えられているもの。平成6年からの発掘調査で中世の遺水が発見され現在のように復元されたそうです。

 菊が島。

 池を覆い尽くす蓮

感想・まとめ

 御所として使われていたこともあり、お寺というよりは御所といった雰囲気で菊の家紋もあります。大沢の池など敷地も含めとても雅やかなところでした。

 シーズン中でしたが、人も少なくてゆっくり見て回れました。


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tamura
平成3年生まれ、京都に住むアウトドア好き。趣味は 登山/夜景/旅/スキー/キャンプ/Urbex など。Olympusユーザー。インコなど鳥が大好き。夜景山岳会所属。好奇心が強く、わくわくする所が好きです✨

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