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鵺池の由来

「鵺池」の由来・怖い話

 夜の鳥と書いて「ぬえ」と読みます。「サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ」という妖怪につけられた仮の名前です。(正式な名前はない)
京都の二条公園にある池の名前が鵺池と呼ばれ鵺が落ちてきたとされる場所と言われております。というのも、仁平の頃、近衛天皇(1139-1155)は丑の刻(午前二時)になると決まって内裏の西北・東三条の森の方角から湧き上がって御殿の上に覆いかぶさる黒雲に怯え苦しめられていたそうで、仁平年間である1151年~1153年4月10日頃、源頼政がその魔物を退治する為に1本の屋を黒雲にめがけて解き放った所、「ヒョォォォオオ~~~~~~~~~!」とトラツグミのような奇妙な鳴き声をあげながら「サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ」の妖怪が池に落ちて来たというもの。

 それから源頼政は妖怪退治の英雄としてしられるようになった。退治した鵺の死骸は見世物として都中に引き回されたそうですが、疫病がはやった事もあり死骸はバラバラにされ丸木舟に乗せ鴨川に流したという。それが澤上江の渚(現在の大阪市都島区)に漂着しましたが、突然現れた訳のわからない妖怪の死骸に吃驚した現地の村人たちは祟りを恐れ弔い土に埋め、鵺塚としたそうです。

現在の鵺池の様子


 現在の鵺池。ほぼ原形はなくなってると思われます。


 干からびている場所も。


 公園の雰囲気

鵺池の地図

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