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轆轤町の由来

「轆轤町」の怖い話

現在の東山区役所の裏に轆轤町というおどろおどろしい地名がある。一見、ろくろ首を思い浮かべるのではないだろうか?その通り、ろくろ首発祥の地であr((嘘です

轆轤町というのは、江戸時代になり役人につけられた地名でもともとの名がある。それは「髑髏町(どくろちょう)」である。

その昔、この地は一面人骨が転がっていた。死体を鳥部野まで運ぶのが面倒で鴨川に捨てていた時代、昔の川というのはよく洪水が起こっていた。洪水の後は鴨川の死骸が河原一面に散らばってしまうのだ。

それを鳥部野、鴨川の境のこの六道の辻という当時あの世この世の境目と言われていた所に、死体をかき集めたり、死体を捨てていく人が後を絶たなかった。そういう事もあり、ここら一体には人骨が無数に放置されていたということから髑髏町と呼ばれていた。。

それを不吉に思った江戸時代の京都の役人が「ろくろ町」と地名を変えたのがきっかけて現在に至る。轆轤というのは、焼き物を作る時に使うぐるぐる回しながら作るあれである。


「轆轤町」付近の写真


ここの店では現在でもその女性の幽霊が子供に買い与えていたという子育飴、通称「幽霊飴」が売られており、観光客がお土産にと買いに来る人も多いです。


由来:
慶長四年 京の江村氏妻を葬りし後数日を経て土中に幼き子の鳴き声あり
堀り返し見れば忘れられし亡き妻の産みたる子なり
当時夜なく雨を買う婦人ありし
掘り出されたる後は半裸なり!?
この子八歳にて僧とn....

達筆すぎてようわからへん笑、あとはご自分で読んで下さい。


六道の辻の石碑と、轆轤町の看板


確かに轆轤町と書いています。


轆轤町の風景



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