TOP-image
2017.03.25

S醫院 - 大正時代の木造廃病院

S醫院の診療室

廃墟の情報

S醫院
廃墟医院
場所:栃木県
建築 不明
廃墟化 不明

S醫院 - 大正時代の木造廃病院

 栃木県にある大正時代に開業された木造の廃病院にやってきました。

 人為的な破壊以前は文化財にもなり得る価値のある建物だったようです。実際に目の当たりにして納得。木造の温かみのある、古き良き時代の村の診療所という感じでした。

 外見は柵がしっかりしてあるように見えますが、左右はガラ空き。しかも玄関も扉が押し倒されていました。

 受付。散らばっているのは診療券

 数多くの資料や、薬瓶が多く残っています。

 薬瓶。

 薬の計量用の天秤でしょうか。

 こちらがメインの診療室。

 窓や椅子、机、診療台など、部屋全体から木造の温かみを感じます。

 特徴的な木造の回転椅子。

 大正期には実際にこの椅子で診察していたとは…。

 僕らが知らない時代、まるで幻想のような懐かしさがココはありました。

 戦争前後の様子を描いた本やドラマやアニメででてくる、小さな病院。なんとなく良いなと思っていたあの雰囲気。ノスタルジックですなぁ。

 

 大きな薬瓶。

 周囲にはかつて使われていた医療器具が無数に置かれています。

 一つ一つのものがレトロで、展示品のようです。

 何か怪しい物体が入った瓶。

 診療券。

 戦時中頃までのものか、漢字とカタカナで書かれています。

 元々5~6世紀頃、日本に漢字が伝わって以降、日本の文書は漢字のみの漢文でした。平安時代になり、漢文を日本語として読み下す為に作られたのがカタカナで、それ以降日本語は、第二次戦中まで漢字+カタカナで表記されました(法律や教科書など)。

 現在、当たり前のように使用している平仮名は、日本語の当て字だった万葉仮名を、書きやすく崩して使いやすくしたもので、本来カタカナとは成り立ちも用途も全く違うものなんだそうです。

 当時の医学雑誌でしょうか。「ドクターサロン」

 「日本醫師會雑誌」。

 旧車會がカッコつけて意味も無く難しい方の會(会)使ってるんとはちゃいますよ!実際に會を使ってた時の本物の會です!(なんや本物の會って…)

 こちらは分娩台。この部屋だけはタイルになっています。

 二つの大きな窓から差し込む太陽で部屋は結構明るい。

 この村の人たちは皆、この分娩台で生まれたのでしょうか。

 個室に置かれていたテレビ。当時はこれが未来チックに見えたのでしょうか。

 離れには病室があります。8室ほどあり結構大きめ。

 現在はもう天井が崩れ、崩壊が始まっています。

 病室の押入れにあった薬瓶保管ケース。

感想・まとめ

 Z醫院や須原村診療所などのように、木造のあたたかみを感じる廃墟でした。建物は建築というより残留物がとても素晴らしく、昭和初期のブラウン管テレビや、並べられた役瓶、医療器具など、全てがレトロな展示品に思えるほどでした。


古都コトきょーとの管理人について
tamura
平成3年生まれ、京都在住のアウトドア好き。趣味は登山/夜景/旅/スキー/キャンプ/Web制作など。Olympusユーザー。インコなど鳥が大好き。夜景山岳会所属。美しい所か人の居ない所に出没します。

メールフォームプロフィールを詳しく





古都コトきょーと