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山科区御陵血洗町の由来

「山科区御陵血洗町」の由来

山科区の北西部に「山科区御陵血洗町」という地名が有ります。

血洗町なんてなんどもおどろおどろしい名前ですが、その由来は鏡山小学校という小学校の近くにある血洗池の伝説から来ています。

安元3年初秋、牛若丸(源義経)が金商人橘次と共に奥州平泉へ下る途中、この地で盗賊におそわれ、憤激した牛若丸は、盗賊を切り殺しました。その血に染まった刀を小さな池(現在の血洗池)で刀を洗ったというどこにでもありそうな理由からその名がつきました。

現在も、その際に義経が腰掛けて休息したといわれる「義経の腰掛石」が残っています。なぜその名が今日まで残っているのかは分かりませんが、住民は快く思っていないみたいで、皿洗町と表記する方も多いそうです。



御陵血洗町は今や普通の住宅街


看板


一応、京都薬科大学のグラウンドの管理人に許可を得て入ろうとしたのですが、学校の許可がないとダメとのことでした。現存する血洗池は敷地内にあります。

血洗町の地図

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山と終末旅の管理人について
たむ - tamura -
平成3年生まれ、京都に住んでいます。登山や、夜景、人の少ない観光地へ行って、現実から逃げ、非日常的な体験をする事が好きです。

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