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2018.12.08

旧志津川発電所と廃水路・貯水池を散策

志津川発電所

廃墟の情報

旧志津川発電所
発電所跡
場所:京都府宇治市
建設 1924
営業停止 1964

廢墟レポート vol.13:旧志津川発電所 Shizugawa Power station


 どうもtamuraです!

 今回は志津川発電所にやってきました。2014年に外観だけ撮影して公開していたのですが、今回は発電に利用していた貯水池と水路を固定していたコンクリート土台の跡地を散策してきました。

 志津川発電所は大正13年に宇治川電気(関電の先祖)によって運用開始されたダム水路式の発電所で、今はなき大峯ダム(現在の大峯橋付近)から貯水池に汲み取り、そこから落差を利用して発電を行っていました。

 天ヶ瀬ダムの建設により大峯ダムは水没、そして志津川発電所も廃止されました。

 橋の上から撮影した志津川発電所と天ヶ瀬ダム。

 レンガ造りの志津川発電所は、現在は天ヶ瀬観光のランドマークとなっています。

 志津川発電所に近づいてみました。

 ダム式の発電所としては岐阜の大井発電所とともに日本初のものだそうで、趣のある形をしています。

 裏側から撮影。ガラス窓がワレています。

 かつては水質実験のため会社が入居していたようですが、現在は看板も取り外されていたため退去しているようです。

 窓が割れれば雨風が入り廃墟化は急速に進むため、現在の内部がとても気になりますね~!

 さて、発電所から山道を進み貯水池にやってきました。

 途中、水路の跡地があったのですが、わかりやすいように上から順を追って掲載していきます。

 かつては大井ダムからここまで水を汲み取って、この貯水池から発電所までの落差を利用して発電していました。

 巨大な排砂門。

 写真ではあまり分かりませんが、かなり大きいし高い。

 廃墟撮影では毎度の事ながら高所恐怖症の勢いが止まりません。心臓バクバク。吐き気を催しながらの決死の撮影。

 現在は汲み取りを行っていない(封鎖)為、貯水湖には水はありませんが、谷部にある為、雨水や湧き水等がちょろちょろと流れています。

 ダム全景。

 3つ並ぶ排水口。

 少し前に進めば綺麗に写せたのですが、もうだめ。ビビってしまって足がすくんでプルプル震えていました。我ながら情けない笑 もやは興味と恐怖の葛藤。

 場所を移し、排水口の直下にやってきました。

 この大きなコンクリート建築こそ、貯水池から発電所へと送水していた鉄管水路の台座です。

 現在は巨大な鉄管は撤去されており、コンクリート跡のみが残されていました。

 送水口が3つありましたが、それぞれ違う鉄管を通じ別々に送水していたんですね。

 穴はかなり大きくて、人間が二人縦に並んで頭がつくかな?というほど。

 穴の中から見える紅葉がとても綺麗です。

 連続したコンクリート跡

 緑とコンクリートを見るために廃墟を巡っているようなものなので、一人興奮しながらバッシバシ撮影していました。

 発電所へと続く水路。

 3つの水路は平行してありましたが、ここですこし別れます。

 最終的には志津川発電所の建物直下にある排水口から宇治川に放出されます。

 3本のうち真ん中の水路の最終部分。

 ここを最後に志津川発電所へと向かうため水路は地下に向かいます。

 きっとどこかで封鎖されているのでしょうが、奈落の底へと落ちそうな気配ですね。

 もう戻ってこれないような。

 誰かが穴の奥で僕を呼んでるような、呼んでなうような…

 スッ...

 そんなこんなで発電所の設備の探検は終了しました。

感想・まとめ

 かつては大峯発電所、志津川発電所が宇治川の発電所として機能していましたが、現在は天ヶ瀬発電所、喜撰山発電所が機能しています。大正期とは電力使用量の桁が違う上に、宇治川の反乱を防ぐ巨大ダムが必要であった為、小規模な施設では対応できなくなったのでしょう。

 市街地からさほど遠くない所にこれだけのコンクリート廃墟が眠っていて、誰にも知られずひっそりと眠っている事にロマンを覚えました。


古都コトきょーとの管理人について
tamura
平成3年生まれ、京都に住むアウトドア好き。趣味は 登山/夜景/旅/スキー/キャンプ/Urbex など。Olympusユーザー。インコなど鳥が大好き。夜景山岳会所属。好奇心が強く、わくわくする所が好きです✨

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