近畿最北端の経ヶ岬灯台 – 明治から灯る白亜の灯台
レジャー概要
近畿最北端の経ヶ岬灯台 – 日本に五か所しかない第1等灯台の一つ
丹後一周旅行、伊根の舟屋の次にやってきたのは関西最北端の地、経ヶ岬。この地にある一等灯台、経ヶ岬灯台が見たかったんです。
国道178号線の細い道をぐねぐねと走ってやっと到着した経ヶ岬。一応国道でしたが、若干道の狭い部分もありました。
この分岐からさらに駐車場まで約2~3分ほど走ります。
交通機関を利用される方は宮津駅から出る丹後海陸交通のバス、経ヶ岬線で行くこともできます。
自家用車の方は駐車場へ。交通機関を利用する方は、地図の現在地にバス停があるのですが、バス停から散策路を歩いて灯台まで行くことができます。
駐車場の様子。平日という事もあり、灯台へ向かう人は僕一人でした。
灯台0.4km、山頂展望台も0.4km。両方いってみよ。
海を眺めながら歩きます。少し登りもあります。最初は階段ですが後半は登山道のような感じでした。
綺麗な海ですねぇ、経ヶ岬という名前の由来は、大昔、この海に悪竜が住みつき、暴れまわり海が荒れくるっていて人々が困っていた所を文殊菩薩がお経で対抗、悪竜を善竜にしたというのです。また悪竜とならないように1万巻ものお経を唱えた事から、経ヶ岬と言われているのだそうです。
ゆっくり歩いて10分ほどでしょうか。灯台に到着。夏なので汗がすごい。
灯台前の広場。なんか神秘的。映画の撮影とかで使われてそう。とても良い雰囲気です。(※過去に「新・喜びも悲しみも幾歳月」という映画で使われてました)
経ケ岬灯台は140m下の海岸から安山岩を切出し、加工・運搬・積み重ねた洋風建築の灯台です。場所が場所だけに工事は難航しましたが、地元の方々の協力により成し遂げられました。
製作費は48000円。明治30年頃の物価は今の3800分の1ほど。今でいうと2億円ほどでしょうか。
広場はなんか海外にあるキリスト教の墓地の片隅みたいな雰囲気。
こちらが経ヶ岬灯台。1898年(明治31年)に初点灯した歴史ある灯台です。日本で5か所しかない第一等灯台の中の一つでもあります。
第一等というのはレンズの等級の事で1級~6級、そしてそれ以下の等外レンズとあります。一番大きい一等は、レンズ直径259cm、焦点距離92cm、重さ5tのもので、経ヶ岬の他は犬吠埼(千葉県)、日御碕(島根県)、角島(山口県)、室戸岬(高知県)の灯台でしか使われてない大型の最高級レンズです。
灯台の説明。
海上保安庁が選定する明治時代に建設された現役の灯台の中で、特に歴史的・文化財的価値が高い灯台のAランクの一つに選ばれており、また日本の灯台50選にも選ばれています。
大きな一等レンズを回すのは日本初の水銀槽式回転機械。1893年にフランスの灯台技師、プール・デーユが重いレンズを円滑に回転させるために発明したもので、当時画期的な発明として注目され、パリ万国博覧会に展示されていたものを購入して経ケ岬灯台に設置しているんだそうです。
この水銀槽式回転機械というのはレンズ台を235kg(17L)もの量の水銀の上に浮かせ回転させるという仕組みで、総重量5tのレンズが人の指でも回ってしまうほど軽いんだそうです。
初点灯時の看板。今から118年前の看板ですね。
ついでに山頂へも行ってみました。標高201mだったかな。結構登りましたが、展望はありませんでした。
夕方前に気持ちの良いハイキングが出来ました。
感想・まとめ
映画でも使用された洋風で明治のロマンの残す白亜の灯台。一世紀もの間、行きかう船舶の安全を守り続けてきた京都自慢の灯台です。
駐車場にはトイレ等がありますが、そこから0.4kmほ灯台しかありません。登山道のような道を歩く事になるため、歩きやすい靴を履いていってください。