古都コトイメージSmart

2019.08.28

加茂小学校倉見分校

廃墟の情報

加茂小学校倉見分校
廃小学校
建築 1953年(開校年不明)
閉校 1977年


廢墟レポート vol.142:加茂小学校倉見分校 Abandoned Kamo School

こんにちはtamuraです。

休日なのに車も人も見かけない田舎道を走り、たどり着いた先は草に埋もれた廃校でした。

どうやって先へ進むのかわからないほどの鬱蒼としたしげみの中に木造の味のある校舎がぽつり。

この廃校は1977年に廃校となりました。理由は周辺の集落を見れば分るでしょう。

ところどころにある民家はよく見ると崩壊しており、どこも廃墟ばかり…。

中は壁が崩壊していて、今にも崩れそうな様子でした。

1953年に建て直されたそうですが、建て直された原因がなんと校舎で行われた映画上映会での火災だそうで14人が亡くなったそうです。

自然に溶け込むように崩壊する姿はとても素晴らしい。

数年前までは壁は辛うじて残っていたらしいのですが、ここ数年でここまで…。

柱が辛うじて残っていますが、一つでも柱がつぶれれば重さに耐えられず瞑れるでしょう。

ピンクの扉が可愛らしい教室。

木造の教卓。

窓から光が差し込んできて、キラキラっと湿った苔が輝いていていい雰囲気。

夏なので緑がとてもきれいです。

窓の白いカーテン。

謎の巨大金庫が置いてありました。

かなり大きいけど不法投棄?

よくこのように崩壊している廃校を見ますね。

角から崩壊していくのでしょうか。

ひっくり返った教卓に群がる草。

小さな小さな教室。なんの部屋だったのでしょう。

校舎は玄関を隔てて二つに分かれており、こちらも壁はボロボロ…。

朽ちる寸前の扉…美しい…

あとどれくらいこの状態を保てるのだろう。

講堂にやってきました。シンプルな赤い鉄筋の骨組み。

とてもシンプルな作りです。

跳び箱が寂しくおいてありました。

感想・まとめ

完全に崩壊する前に、訪れる事ができてよかったです。残留物も少なく特徴もない廃校でしたが、壁や床が自然に溶け込む姿は非常に神秘的でした。


山と終末旅の管理人について
たむ - tamura -
平成3年生まれ、京都に住んでいます。登山や、夜景、人の少ない観光地へ行って、現実から逃げ、非日常的な体験をする事が好きです。

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