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2016.01.31

摩耶観光ホテル – 廃墟の女王、憧れの廃墟マヤカン探索

摩耶観光ホテル 額縁の部屋

この廃墟について

摩耶観光ホテルとは、兵庫県神戸市にある廃墟となったホテル跡。1929年に摩耶鋼索鉄道株式会社によって建設、設計者は今北乙吉であった。1967年に災害により営業停止した。その後、合宿所などとして再利用されたが、1993年に管理者の体調不良によって再び閉鎖となった。

フランス客船から買取った装飾品をあしらったアールデコ風と言われる西洋的な内装と廃墟美が調和し、独特な光景が話題を呼び「廃墟の女王」「聖地マヤカン」などと呼ばれるほど有名な廃墟となった。

現在は管理されており、その建築が評価され登録有形文化財に指定される予定となっている。日本で最も有名な廃墟の一つである。



廢墟レポート vol.5:摩耶観光ホテル Maya Hotel

マヤカン内部の見取り図

神戸・摩耶山にはその山中の鬱蒼とした森を漂流する一艘の軍艦があります。

それは昭和4年、摩耶山にケーブルが開通した際にその客の誘致施設の一つとして建設された鉄筋L字5階建てのホテルの事で、神戸の街から遠目で見るとまるで軍艦のように見える事から「山の軍艦ホテル」という名で呼ばれていました。

ダンスホールやビアガーデン、岩風呂、ローラースケート場などを抱え、標高450mから望む大阪~神戸の大夜景を売りに山のリゾートホテルとして大航海に臨んだがその後の時代の波に大きく翻弄される事となるのです。

以下、年代表

1929 摩耶鋼索鉄道により建設される
1945 摩耶ケーブルが不要不急線として営業停止、それに伴い翌年に営業休止
1961 フランス客船から買取った装飾品で改装し摩耶観光ホテルの名で営業開始
1967 昭和の3大水害と言われる豪雨が建物を襲い土砂崩れが発生し営業停止
1974 常駐の管理人が入りホテルの一部を摩耶学生センターの名で格安で提供
1993 管理人の体調不良により合宿所としての使用も停止
1995 阪神大震災で建物内に亀裂る等の損傷が見られ完全立ち入り禁止となる

こういった歴史を持ち、1945年の戦争による営業停止、1967年の水害による営業停止、そして震災による損傷で立ち入り禁止という3度目の廃墟化を迎えたこのホテルはそれから再利用される事はなく、現在はただ崩壊を待つのみの状態となりました。

現在は廃墟として多くのテレビや雑誌などでも取り上げられるようになり、アール・デコ風建築が放つ強烈な廃墟美は多くの廃墟マニアを惹きつけ”聖地マヤカン”、廃墟の女王と呼ばれるまでになりました。

摩耶観光ホテルの外観

急坂を登り終え平坦な道を進むと摩耶観光ホテル見えてきました。

ハァハァ。。。さすが廃墟の女王。堂々とした佇まい。迫力が違います。

こちらはどうやら裏口?のようなのでまずは外観を一周してみます。

北側の様子。

洋館らしい雰囲気です。軍艦ホテルとも呼ばれていたようですが、このアングルやと豪華客船のデッキから上の客室や操縦室を覗いてるようにも感じれるかも。

右下はマヤカンのシンボルとも言えるマークです

こういうのをアールデコ風というのかな?←アールデコを知らない

よく見る構図です。

ケーブル山頂駅から降りてくるとここから入る事になります。

かつて二本あった煙突も無くなっています。

2階非常出入り口。

南側からマヤカン全体。

建物はL字型になっており、森に囲まれ森の洋館という感じです。

角の丸み、窓の感じが素晴らしい…。

丸みもいいが、こういう角もいいですなぁコレ。

右側にある一つだけ半丸の窓がなんともいい。

こういう現代の設計ではありえない所が昔を感じさせてます。

摩耶観光ホテルの内部散策

ようやく中へ入って散策していきます。

最初に入った部屋はかつての「礼拝堂」でした。

礼拝堂の扉はなんとも美くしいですが、これも客船のものなのでしょうか。

ギザギザ具合がかっこいい。(ギザギザ言うな!
角ばった窓も素敵です。
次に入ってきたのは何やら広めのお部屋。

そのとなりの部屋は有名な「額縁の部屋」でした。

想像していた雰囲気と違ったので最初はわからなかったですが、ファインダー覗いた瞬間に「あ、あの部屋や…」と確信しました。

この部屋はカメラを向けた瞬間に豹変します。

ここはホテル運営当時は「摩耶山温泉浴場」というお風呂場だったそうで、現在も絨毯のしたを覗くと部屋の中央に丸い浴槽があり、当時は外の神戸の町の景色を眺めながらお湯に浸かれたそうです。

窓の感じから錆具合、外の草木などそれほどまでに理想的な美しい廃墟の一室が存在するだろうか…。

僕も頑張って撮影してみる。

撮影すればするほどこの部屋にはまっていく。実際の部屋とファインダーで覗くこの部屋は全く違う世界だったと思う。

廃洋館でモーニング珈琲?

丸テーブルと朽ちた椅子。

2015年現在、額縁の部屋はついに全体的にガラスが割られ始めていました。

あれを美として捉えられなかった感性のない人間の仕業なのでしょうが、これも廃墟としての運命なのかなぁと感じます。

実際僕が今までネットで見てきたマヤカンと初めて実際に行った時のマヤカンはかなり違うものでした。

廃墟として残っている以上無法者によって荒らされる事は回避できひんのやろうなと感じます。

とはいえ、ここが廃墟として知られるようになってから2014年まで幾度かの廃墟ブームを乗り越えてもなお、この2つの額縁の部屋だけはガラスが割られていなかったという事の方が奇跡やったのかもしれません。

窓を覆う草木の間からの木漏れ日が素敵です。

また霞んだ窓ガラスで外の葉っぱ淡く見える感じとかたまらなく素晴らしいです。

わざわざこんな構図考えなくてもこの部屋でファインダーを覗くだけで美しい。

それがマヤカン。

額縁の部屋は実は左右対象になった似たような部屋がある。

東側にあるので日当たりが悪く薄暗いがこちらもなかなか雰囲気がある。

よく見ると額縁の枠がバラバラに散らばっているのが分かる。ここが廃墟として開拓された当初はまだ額縁がしっかり壁に掛けられており色あせた油絵が入っていたそうだ。

 こんな所に礼拝堂の扉が置いたある。でも窓とよく似合う。実はこちらの部屋も浴槽があり、二つの額縁の部屋は男湯と女湯という事やったんではないかと思われます。

シャンデリアと丸柱、白い壁と高い天井がとてもオシャレ。

ホテル内は幾度もの改装を経ており作りが複雑すぎてこの部屋もなんの部屋かよく分からない。

 ほら、白い寝巻きを来たお婆さんが朽ちた椅子に座って外をみているよ。

こちらはメインの廊下。ハーリキン柄がまたいい。

部屋ごとに雰囲気や柄の統一性がなくバラバラ。そういうのが当時ならではのこだわりやったのかな。

今の建物は廃墟になっても美しくないのはこういう遊びみたいなのが無く重厚な雰囲気が好まれないからやと思う。

大広間にでてきました。

ホテル運営当初はテーブルがいくつも並べられた「まや山食堂」というレストラン・食堂でした。

綺麗に日が差していて窓の影が絵になってました。
昔のカキ氷機とトイレのドア。
窓側から。古いシャンデリアや一つ一つの作りがいい。
こちらは食堂に隣接する厨房。
食堂横の暗い階段で下へ降りる。非常口とここはどうやら宿泊部屋のようだ。

廃墟ホテルらしい廊下。

船みたい…と言われれば確かに船の客室っぽさもあるかもしれません。雰囲気はうまく撮影出来たとは思いますがやはり実際の雰囲気は凄かった。

この洋風な感じ好き。
額縁の部屋ではないですがこちらも角が丸くなっています。
下へ向かう階段と上の丸い窓も大昔の客船のエントランスみたい。

上の写真の丸いオレンジの窓の奥の部屋はこんな感じになっていました。青床の部屋です。

客室ではなさそうですが、床が青く洗面台があります。壁には昭和30年代のものと思われる落書きも見受けられました。

1階に行こうとした所、階段がコンクリートで固められており入れなかったので一度外に出て外から1階に入る。
どうやらこちらは和風の客室のようです。天井が湿気のせいでべりべりに剥がれおちています。マヤカンに和風客室があるとは知らなかったなぁ。
和室にこの窓もいい感じ。水色と黄色に塗られた窓枠もいい。

和室とこの窓はやっぱりいいかもここは廃墟ではなく、運営当時のをみてみたかったかも。

大きい一部屋かと思いましたが鴨居や敷居、欄間などが見受けられます。ふすまを隔て窓側が広縁のような空間やったという事でしょうか。

1階一番奥は洋風トイレでした。トイレなのにオレンジ。
素敵な緑の扉。家族浴場と呼ばれる所です。階段を降りると…
何やら素敵な洗面台が。
洗面台の左右には2つの浴槽があります。
「余興場」と呼ばれる大ホールがあります。学校の体育館のような造りです。舞台もあり何か催されたのでしょう。
ホール側から見る広場
ホールから外に出ると見晴らしのよい広場が。ビアガーデンなどとして使用されていたテラスだそうです。当時の写真を見ると屋根がありますが、腐って落ちたのか撤去したのか雨ざらしです。
残るはあの屋上…。

渡り廊下・回廊。

このホテルの中を色々みていくうちになんとなくタイタニックというか…、洋風の豪華客船のデッキのような雰囲気を持つ建物という風に感じます。

客船風に改築ているので当たり前ですが。崩壊が進み床に木片がバラバラ落ちてたり、タイヤは床に落ちて屋根も崩壊しています。

有名な車輪。

このタイヤは2000年頃には屋上においてあったものが何者かに動かされたのか屋根に落とされ突き刺さり虹の駅からは屋根にタイヤが刺さっている様子をみる事が出来ました。

現在はこのように下に落下しています。ちなみにこのタイヤは本物のB-29に使われていた車輪のようで、タイヤに刻まれたロゴや型番が当時のB-29に使用していたものと一致するそうです。

アメリカの爆撃機であるB29が飛行中落としたタイヤだとか、映画の撮影の際にもってきたものだとか色々な噂があるタイヤです。

年々老朽化はひどくなっているようで、いつまでこのマヤカンは存在できるのかな。
重機が入って来れず、解体には莫大なお金がかかる。自然崩壊するまで放置するつもりなのだろうか?

摩耶観光ホテルの屋上の景色と夜景

最後のステージ。屋上。ついにこの木製階段を上る時がきたか。
神戸の街がよく見えてきました。
ちっちゃな部屋があります。
なんの部屋やろ…。この軍艦ホテルの操縦室…?ここは映写室だった、放送室だったともいわれています。

屋上の最後の階段。

記事上部に記載した映画「YOU GOTTA CHANCE」の撮影で階段が壊されていましたが、30年もの年月で他の階段も壊れて跡形もなくなっています。

もう階段部は腐敗してなくなっているのでほっそい細い金属部分を慎重に登っていきます。左に手すりは支えが所々折れておりぐらんぐらん揺れるので持てません。

こうやって見ると軍艦ホテルと呼ばれている理由がわかるような気がします。船のデッキで海風にあたりながらのんびり気分。

屋上からケーブル星の駅。

元山頂駅である星の駅とホテルは隣り合わせに建設したあるので屋上から目の前に駅が見えます。

ケーブルの発着のアナウンスが時々聞こえます。駅からはもちろん、ロープウェイの中からも摩耶観光ホテルが見える為、屋上が最も人に発見されやすく危険です。

見えなくなっていた煙突は倒れていました。景色は北には雄大な六甲山地と、南には大阪平野〔神戸や大阪)が見えます。
神戸方面の景色。当時は草木も切られていて神戸が一望出来たというがもう草木に邪魔され一部見えなくなっています。当時はここから見えるポートアイランドも六甲アイランドも無かったのか~。

マヤカンの屋上からの夜景です。灘鶴甲から大阪方面~ポーアイまでのパノラマです。

因みに摩耶山掬星台がある平坦地は第二次世界大戦中、高射砲陣地として整備された所で、掬星台まで至る県道16号線も軍事道路として整備されたものです。

ロープウェイが通り一般人が自由に行き来できるようになったのも昭和30年になってからなので元祖摩耶山の夜景とはこちらの事なのです。

マヤカンといえばこのシンボルマーク。

さすがの立地(登山道を登らなければならない)のと廃墟マニアの聖地とまで言われてるだけあって、面白半分で来る人が少ないのか有名な廃墟なのに落書きは少なかったです。

現代には無い複雑な設計、幾度かの改装により一つ一つの部屋にそれぞれ違う良さがあり久々にじわーと感動する廃墟でした。

感動した理由を「なんとかシーでなんとかシズムで感動しました!」なんでどうこうこの廃墟に感動しましたと説明したいのに言葉が出てこない!

もっとボキャブラリーを増やさないと…!

ごく一部ですが、ホテル内で撮影した動画です。動画で少しはムードを味わって頂けたらと思います。

感想・まとめ

現在、摩耶観光ホテルは私有地であり崩壊箇所がある為、完全立ち入り禁止です。

アクセスは廃登山道となった山道を歩くのでとても危険です。この廃登山道は過去数回この廃墟に山道からアクセスを試みた若者集団が遭難し消防に助けを求めニュースになったという事例もあります。

その他山に入ったがいい所、マヤカンを見つけられなかったなどというブログ記事もいくつか発見しました。Twitterなど見ていると到着出来ない人が沢山いるみたいです。中途半端な情報を元に山へ入るととても危険です。テープがあるから大丈夫だと書かれているブログがありますがその考え方は非常に危険です。この登山道はテープは確かにありますが山行というのは「テープを辿ってたのに遭難しました」では通用しません。

トラロープがあるからとそれに体重をかけて登る方(の写真が)が沢山いましたが、トラロープはいつそこに設置されたものか、現在どれくらい強度があるのかわかりません。

またホテル内は写真を見てのとおり老朽化により落下物、床崩れ、埃、ガラス等の破片など危険なものが沢山です。言うてしまえば奇跡的に綺麗に取れた写真だけを掲載してるだけで実物は瓦礫です。リスクを負って実際に行くことはオススメしません。

当サイトは記録として写真文章を残しているものです。当サイトは一切関知いたしませんのでご注意下さい。

山と終末旅の管理人について
たむ - tamura -
平成3年生まれ、京都に住んでいます。登山や、夜景、人の少ない観光地へ行って、現実から逃げ、非日常的な体験をする事が好きです。

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