古都コトイメージSmart

2014.03.15

友ヶ島 – 砲台跡やレンガ造りの弾薬庫が残るかつての要塞島を探検!

友ヶ島のラピュタの道

廃墟の情報

友ヶ島
要塞島
場所 和歌山県
船代 2000円
建築 1892~
廃墟化 戦後


廢墟レポート vol.8:友ヶ島 Tomogashima Island

まずは写真をみてもらう前に「友ヶ島」の説明をします。

友ヶ島とは、和歌山県和歌山市と兵庫県の淡路島の間の紀淡海峡(友ヶ島水道)と呼ばれる水道にある無人島群の総称です。

明治時代に大日本帝国陸軍により大阪湾への外国艦隊侵入を防ぐ防衛の為に沖ノ島・虎島に最大28cmの砲台が作られました。この一帯は「由良要塞」(※要塞=敵の攻撃を防ぐために作られた施設・建物)と呼ばれ第四砲台以外は第二次世界大戦まで運営されており、終戦まで要塞施設として一般人の立ち入りは一切禁止され、当時の地図や地形図には乗っていませんでした。

第二次世界大戦時はすでに航空機が主力になっており、大砲の使用はほとんどなく終戦と同時に米軍により施設は撤去され現在でも跡地は近代遺跡として多く残されています。関東で言うと猿島のような島です。

現在は瀬戸内海国立公園に属し、和歌山県の観光地として一般解放されており、レンガ造りの弾薬庫や砲台施設後などが廃墟化により神秘性が増しており、写真家やコスプレイヤーなどに人気の島となっています。

また海岸沿いにはいくつか広場があり許可を取ればキャンプやBBQを楽しむ事もできます。

夏やGWなど観光シーズンは島内にある民宿施設も営業しており宿泊する事もできます。

南海電鉄とかいう電車に乗ってゆらゆら揺られ、加太駅下車。そこから加太港まで歩きます。

この友ヶ島、以前から行きたい行きたいと思い、天気と船の運航状況をみていたのですが、かれこれ5回前日になって船欠航・天気の崩れなどより計画が潰れ、6度目でやっと行くことができました。

天気が良くても風があったり波が荒かったりするとサイトで「本日欠航」という連絡がありますので、注意深くみていかないと加太まで行って実は欠航でしたなんてこともありうるので注意してください。

ちょっと早めについたので出発時刻まで船着き場で待機。値段は往復2000円。ちょっと高い。

船は20分ほどで友ヶ島 沖ノ島の野奈浦桟橋へ到着します。

写真は友ヶ島の地の島。(地ノ島・沖ノ島・虎島・神島の4島あわせて友が島と呼ばれる)沖の島と同じくらいの大きさですがこの島は一般人は一切立ち入りできません。

密航し上陸する者もいるようですが何があるかという情報はなく謎に包まれた島です。

こちらが沖ノ島。
観念窟。ここの岩場は修行僧が来るそうな。
あっという間に沖ノ島の野奈浦桟橋に到着。水がとてもきれい。船の奥に見えているのが神島。

早速、冒険のスタートです。

ウキウキワクワク!まずは第五砲台跡を目指します。行く順番は以下の通り。

第五砲台第三砲台第一砲台・灯台第二砲台第四砲台

このページでもその順番で紹介していきたいと思います。

 海の家到着。以外と島は狭くあっという間に到着。ここから第五砲台跡はすぐです。
 海の家の裏に分岐があります。直進すれば第二砲台や富士屋別館・灯台など。左折すれば第五砲台や第三砲台・タカノス山山頂へ向かいます。ちなみに島内のハイキング道は分岐ごとに看板があり、目的地とその距離が記載されているので迷う事はありません。
おおっ、それらしい雰囲気になってきました。
謎の廃墟。骨組みだけの建物です。
きたーーー!砲台跡や!
掩蔽部正面。
お花と掩蔽部。
掩蔽部の中から。
続いて向かったのはそのままタカノス山へ向かい一番の見どころ第三砲台へ。

第三砲台の説明。

第三砲台は5つある砲台跡の中で最も保存状態がよく、友ヶ島の写真で有名なものはほとんどこの第三砲台の写真が使われています。

砲台が置かれていた数も5つのうち最大です。

む、地下に降りれる場所発見。
トンネルがありその中は真っ暗。懐中電灯がないとすすめません。
地下連絡通路となってるようです。写真右の行ける方面は個室になっております。
そこを抜けると砲台跡に到着。直径がデカい!
大砲って見た事ないけど、こんな凹んだ所から打つんだ?!
雰囲気抜群です。
奥へ進んでいくと丸い建物の跡地がありました。大砲の着弾地点などの観測地がおかれていた場所だそうです。
さらに進むと見た事ある所に到着…。
柵を越えたらもっとも有名なスポット、弾薬庫(棲息掩蔽部)が集まってる所でした。
なんとも不思議な感じ。日本じゃないみたい。
これが有名な構図かな?

色々角度を変えて撮影してみる。
弾薬庫の中はすべてつながっており移動できるようになっています。
正面から見た感じ。
中から撮影。
最後にもう一度砲台跡を撮影して次はせっかくなのでタカノス山へ登ります。ここから階段を上がり30秒ほど。
タカノス山三角点と山頂広場
展望台からは友ヶ島一帯はもちろん、和歌山市や淡路島なども一望できます。

山頂でゆっくりした後、もと来た道を戻り、第五砲台跡との分岐を直進し、灯台へ向かいます。

その途中、海軍聴音所跡へ向かう分岐があります。片道10分ほどなので行ってみます。木の形が不思議。

こちらが海軍聴音所跡。
ここで入ってくる敵船を見つけるの?音やからモールス信号でもキャッチしたのかな?
コンクリートしか残っておらず特になにがあるという訳ではありません。
一応僕も敵船見張ってます。むむ!!!漁船が沢山おるぞっ!
さて、満足したので灯台へ向かいます。
途中、おっきな広場にでてきました。
考助松海岸です。
最西部にあるピークを登りきると友ヶ島灯台に到着。日本で8番目に竣工した西洋式灯台です。
灯台のすぐ麓に第一砲台跡があります。こちらは立ち入り禁止。
中はこんな感じの広場になっています。
レンガがいい感じ。
通路を進んでいくと…?

着弾地点などの観測地です。

第三砲台の丸い跡地は解体前こんな感じだったそうです。

こういう観測所が今でも現存しているのは友ヶ島のみだとか。

考助松海岸に戻り、富士屋別館側から第二砲台を目指す。
まずは高台へ上がり上から第二砲台を見下ろす。う~むやっぱりここが一番ええ形しよるのう。
記念撮影。
これ、下も通路になっています。
この第二砲台はアメリカ軍の大砲により、ボッコボコに破壊されております。
通路もまたおしゃれな感じ。

ここだけ見ると「ラピュタが落ちた島」と言われていても「あー分かるわ」と言える気がする。

ゴミがちょっと多いけど、綺麗な所です。

こちらが第二砲台跡。
この辺からカチャカチャ動かしてぶっ放したんでしょうか。
裏側から第二砲台を見る。もうボコボコですね…。
マニアには知られたパイプベッドの部屋。
崩れかけたレンガが迫力あります。
第二砲台を後にし綺麗な海を眺めながら野奈浦桟橋に戻り、第四砲台へ向かいます。

南垂水広場。

この長閑な広場はキャンプ場としてよく使われる広場でとても雰囲気のいい場所です。

野奈浦から1kmでやっとあと100mの地点の分岐。近いようで遠い。

のんびり周りたい方は第四はよした方がいいかも。

この第四砲台は他4つより以前に、第二次世界大戦前に使われなくなり手の加わっていない状態になっています。

第三砲台で見たものと一緒かな?
保存状態はこちらの方が少し悪い。水たまりもできてる所が多い。
あれ、この地下通路があるって事は…。
こちらにも巨大砲台跡が存在していたのですね。
こちらは第三とは違って手入れのされていない感じ。第四は第三ほどではないですが大き目の砲台跡でした。
さて、みるもん見たし、足痛くならないうちに探索は終了して海の音を聞きながら黄昏モードです。

人が多いせいか、臨時運行があり少し早く帰れました。

この島は人は多いですが船に乗る人皆が皆砲台跡にいく訳ではなく、ただバーベキューに来る人やキャンプに来る人、釣りにくる人がほとんど。

砲台の散策に来る人も西洋風な造りで異世界間がある為、写真好きな人やコスプレイヤーなどにもぼちぼち人気があります。

う~ん。船で帰る時って、独特の寂しさがあるよね~。
南海電鉄なかなか趣のある車両だったよ。

廃墟の情報

友ヶ島はまだまだ知られていない穴場スポットです。

廃墟好きや和歌山市民くらいしか知らないのではないでしょうか。友ヶ島へ渡る船会社は一度経営難で倒産しているほどです。これからも知る人ぞ知るスポットとしてあってほしいです。

※当サイトの写真の一部は立ち入り禁止地区に入って撮影しています。立ち入る際は自己責任になりますので基本入らない事を強くお勧めします。

最初に説明しておりますが、友ヶ島汽船は波・風に弱く天気が崩れるとすぐ欠航する為、遠方から行かれる方は「前日に電話で確認する」「特に天気図は必ずチェックする」事は忘れないで下さい。

天気が良くて運行するだろうと思って行くと、快晴なのに風が強いので欠航ですという事もあります。

山と終末旅の管理人について
たむ - tamura -
平成3年生まれ、京都に住んでいます。登山や、夜景、人の少ない観光地へ行って、現実から逃げ、非日常的な体験をする事が好きです。

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